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【今月の法語】困難に直面した人間を全肯定し、再び前を向かせる普遍的な優しさ

2026.10.20(Tue)

法語

【今月の法語】困難に直面した人間を全肯定し、再び前を向かせる普遍的な優しさ

「ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているんだよ。」

ボブ・マーリー

典拠

この言葉の典拠(出典)は、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズが1980年に発表したアルバム『Uprising(アップライジング)』の1曲目に収録されている楽曲『Coming In From The Cold』(カミング・イン・フロム・ザ・コールド)の歌詞です。

曲の中で、ボブ・マーリーは次のように歌っています。

“Why do you look so sad and forsaken?

When one door is closed, don’t you know many more is open?“

【訳】

「なぜそんなに悲しそうで、見捨てられたような顔をしているんだい?

ひとつのドアが閉まっている時、もっとたくさんのドアが開いているってことを知らないのかい?」

もともと英語圏には、アレクサンダー・グラハム・ベル(電話の発明者)などの言葉としても知られる「一つのドアが閉まれば、もう一つのドアが開く(When one door closes, another opens)」という有名なことわざがあります。

ボブ・マーリーはこの格言をベースにしながら、”another(もうひとつ)” ではなく “many more(もっとたくさんの)” という独自の表現に変えて歌いました。これにより、可能性がさらに無限に広がっているという強い希望のメッセージが込められています。

(釋圭悟:書)

味わい

この言葉のお味わいは、人生においてひとつの道が閉ざされたりチャンスを失ったりしても、そこであきらめる必要はなく、周囲を見渡せば他にもっと多くの新しい可能性や選択肢が広がっているということを意味しています。もともと英語圏には「一つのドアが閉まれば、もう一つのドアが開く」ということわざがありますが、波乱万丈な人生の中で希望を歌い続けたボブ・マーリーは、次のドアを「もうひとつ(another)」ではなく「もっとたくさん(many more)」と言い換えることで、可能性が無限に広がっているという強いメッセージを込めました。曲中では「なぜそんなに悲しそうな顔をしているんだい?」という問いかけに続いて歌われており、単なる格言としてではなく、目の前で落ち込んでいる人の心に寄り添い、視野を広く持って未来へ進むよう優しく励ます意味を持っています。

そして、浄土真宗が説く「救い」や「阿弥陀如来(あみだにょらい)の慈悲」のあり方と、本質的な部分でいくつかの共通点を持っています。

まず大きな共通点は、「人間の力や都合を超えた、大いなる存在による全面的な救済」という視点です。ボブ・マーリーの歌詞では、ひとつのドアが閉まるという絶望的な状況(人間の挫折)に対し、それ以上の多くのドアが「最初から開かれている」と説きます。これは、人間の側の努力や資格に関わらず、阿弥陀如来が「すべての人間をそのまま必ず救う」とあらかじめ誓い、すでに救いの門を開き続けているという浄土真宗の「他力本願(たりきほんがん)」の教えと重なります。自分自身の力で新しいドアをこじ開けるのではなく、大いなる慈悲によってすでに用意されている無数の選択肢に生かされているという感覚は、両者に共通する安心感の根源です。

次に、「絶望や悲しみの中にいる人(弱者)への直接的なまなざし」が挙げられます。ボブ・マーリーは、悲しみ見捨てられたような顔をしている人に向けて「なぜそんな顔をしているんだい?」と語りかけました。これは、浄土真宗の核心である「悪人正機(あくにんしょうき)」の思想に通じるものがあります。悪人正機とは、自分で自分を救えないほど罪深く、迷い、行き詰まっている者(悪人)こそが、阿弥陀如来の救いの第一の対象であるという教えです。人生のドアがすべて閉まってしまったかのように孤立し、途方に暮れている人に対して、その悲しみに寄り添いながら「あなたを見捨てない救いが、すでにそこに届いている」と呼びかける姿勢は、まさにこの二つの思想が最も強く共鳴する部分です。

さらに、「現状の肯定と未来への解放」という点でも共通しています。この名言は、ドアが閉まったという厳しい現実を否定せず、むしろそれによって、今まで気づかなかった多くの可能性に目が向くという「転換」を促しています。浄土真宗においても、私たちがどれほど苦悩に満ちた現実を生きていようとも、阿弥陀如来の光に照らされることで、その愚かで不完全な自分のままで全肯定され、本当の安心(極楽往生への約束)を得て生きていくことができると教えます。

レゲエの神様がラスタファリズムの信仰をもとに歌い上げた「見捨てられない希望」と、親鸞聖人が説いた「無条件の広大な慈悲」は、時代や宗教の枠を超えて、困難に直面した人間を全肯定し、再び前を向かせる普遍的な優しさにおいて深くつながっています。

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